紀久屋スタッフブログ
記録的な酷暑、度重なる大雨や台風被害、そして北の大地の大地震……。
自然の脅威をまざまざと見せつけて、夏が終わりました。
今年は植物すべてが生き急いでいるような気がします。
桜は入学式のころにはすでに青々とした葉を茂らせ、紫陽花が咲き誇っている傍らで、大輪の向日葵が花開いていました。
7月のはじめ、自然農を営む友人が「白菜の種付けは、晩夏に百日紅が咲いたらなんだけど、今年はもうピンクの花が咲いてるの。自然界はどうなっちゃってるんだろうねえ」と困り顔をしていました。
近所の田んぼでは8月下旬に稲刈りをしていました。庭の花水木は、10月に実るはずの実がすでに赤みを帯びています。この分だと、そろそろ金木犀が香ってくるかも……?
秋はただでさえ空模様が安定しない季節。これ以上、お天道さまが気まぐれをおこさないことを願うばかりです。
着物暦では9月は単衣の季節。とはいえ、まだ30度を超える暑い日もあります。
温暖化された近年、季節を問わずおしゃれ着には単衣を着る人が多くなりました。
天候の変わりやすいこの時期、オススメしたいのが、木綿の着物です。
木綿のよさは、水や汗に強く、丈夫でお手入れが楽なところ。
綿薩摩や久留米絣などの上質な木綿は、カジュアルすぎたり、綿特有の重さを感じることなく、むしろシンプルで洗練された印象を与えてくれます。帯合わせも、紬とほぼ同じと考えて大丈夫。
単衣仕立てにしておけば、季節の変わり目に重宝すること間違いなしです。
足捌きがもたつくことがあるので、絹の居敷当てを衽までぐるっと裏地のようにつけるとよいでしょう。
木綿には絹物のような華やかさはありませんが、そのぶん色合わせが自由に楽しめます。
空が高く、空気も澄んでくる季節なので、深い濃い色がきれいに映えます。小物には、アケビや葡萄などの果実の色、紅葉や夕焼け、木の実の色などの差し色を効かせて、秋らしさを装いましょう。
また、秋が深まる前に用意しておきたいアイテムが、大判のショールです。コートを着るには早い時期に欠かせません。真冬にコートの上から羽織れば、寒さ対策は盤石です。
着物用である必要はなく、むしろ洋服用のものの方が、着姿がモダンな印象になります。
羽織ったときに帯が隠れるくらいの幅があるものを選ぶと使い勝手がよいでしょう。
二つ折りにしてボリュームを抑えてみたり、合わせた部分にブローチをあしらったり、洋装バッグと合わせたり……。ぜひご自分ならではの遊び心を添えてみてくださいね。
この季節になると重宝している単衣があります。優しい色合いの紅花紬。
20年近く前に購入したのは、着物好きのおばでした。
おばには子どもがなかったため、わたしを我が子のようにかわいがってくれました。
たびたび手持ちの着物を着せてくれて、茶道の手ほどきなどもしてもらっていました。このときの経験が、わたしを着物好きにしてくれたのです。
50歳で胃がんの手術をした後、しばらく闘病していたのですが、容体が急変して、52歳という若さで亡くなってしまいました。
葬儀から数か月、悲しみが少しずつ癒えてきたころ、おばが懇意にしていた仕立て屋さんから連絡がありました。
生前おばから預かった反物があるので、引き取りに来てほしいとのこと。そこで手渡されたのが、この紬でした。
「明るいひとなのに、これを持ってきたときはいつもとは様子が違ってねぇ。急がないから仕上がりはいつでもいいと言うんだけど、本当に着られるかしら……と涙を浮かべていたの。あのときから自分が長くはないと知っていたのかもしれないね」。仕立てのおばあさんが教えてくれました。
その反物を譲り受け、わたしは初めて、自分のための着物を誂えたのです。もちろん仕立てはそのおばあさんにお願いしました。
この紬から、わたしの着物ライフがはじまりました。
まだ20代だったわたしには少し地味ではありましたが、柄行がさまざまな色のグラデーションなので、どんな小物とも合わせることができました。この着物を着る度に、おばから見立ててもらい、助けてもらっている気がしたものです。
あれから何枚か自分の着物を誂え、たくさんのお客さまの着物を扱わせていただくようになり、それなりに着物とふれあってきました。
おばの享年に近づいてきた今、自分の着物ライフを振り返って思うのは、着物はただ単に身に着けるモノではなく、ひとの思いや心意気を纏うものだということ。
着物の背景に見え隠れする人生模様に気づくとき、着物に携わる仕事につけてよかったと心から思います。
深まりゆく秋も、人生もいいものですね。
今回はつらつらと私事を書き連ねてしまいました。でも、秋は誰もがセンチメンタルになる季節ということで、なにとぞご了承くださいませ。
さあ、これからは着物でのお出かけ日和です。お召しになったら、ぜひお店にもお立ち寄りくださいね。
みなさまの着物ライフをお手伝いできるのを、スタッフ一同、楽しみにしております。